東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)54号 判決 1961年7月20日
原告 青星ソース株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
原告訴訟代理人は、「昭和二十八年抗告審判第七五六号事件について、特許庁が昭和二十九年九月二十八日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。
第二請求の原因
原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。
一、原告は、昭和二十七年七月二十四日別紙記載のように、濃紅色の細線で横長方形輪郭を描き、該輪郭内の地色は橙黄色とし、輪郭内の左右端の稍内方の上部に二箇、中部に一箇、下部の三箇ずつの白抜きの星の図形を配し、輪郭内上方に、上方に向つて弯曲し、左右両端を内方に向つて山形に切り込んだリボンを濃紅色で描きリボンの周囲は額縁を白抜きにし、該リボン図形内に「青星ソース」の文字を、ゴチツク体の書体で、周囲に濃藍色の影を付した白抜きの影文字で左横書にし、該リボンの下方中央に「星」の図形を濃藍色で描き、該星の図形の左、右、下に直近して左に「青」、下に「星」、右に「印」の各文字をゴチツク体の書体で濃紅色を以て縦書にし、前記「星」の図形の中央左方に「BLUESTAR」、右方に「BRAND」の文字を活字体風の書体で濃紅色を以て左横書にし、前記「星」の図形からその周囲に向つて白抜きの「光芒」を表わし、更に右「星」の図形の下方に「BLUE STAR SAUCE」の文字を活字体風の書体で、頭文字のBSSの各文字は濃紅色で大書し、その他の文字は濃藍色で細書して左横書にし、その下方中央に「製造元青星ソース株式会社」「東京都台東区池ノ端七軒町三二」の文字を黒色で、「必ず振つて御使用下さい」の文字を濃紅色で、三段に左横書にし、更に横長方形輪郭内の右下方に「食品衛生規格」、「ズルチンサツカリン含有」の文字を黒色で二段に細書して附記して構成されている商標について、原告の有する登録第三九六〇七八号及び同第三九六八九九号商標並びに昭和二十五年商標登録願第一五二六五号商標の連合商標として、第四十一類醤油ソース及びその類を指定商品として登録を出願したところ(昭和二十七年商標登録願第一九〇九〇号事件)、拒絶査定を受けたので、昭和二十八年五月十三日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和二十八年抗告審判第七五六号事件)、特許庁は昭和二十九年九月二十八日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年十月五日原告に送達された。
二、審決は、「星ソース」の文字を楷書体風の書体で縦書にして構成されている登録第五六八二六号商標(旧第四十一類「ソース」を指定商品として大正元年十二月二十六日登録、昭和七年十一月十八日、昭和二十七年八月二日更新登録)及び塗り潰にしている「星」の図形で構成されている登録第一三五〇〇一号商標(旧第四十一類「酢の素、醤油、エキス、溜エキス」を指定商品として大正十年九月十九日登録、昭和十六年三月十五日更新登録)を引用し、「本件商標は、中央に極めて顕著に白抜きに光芒を放つている、濃藍色の「星」を描いているから、その構成態様上、一見直ちに看者の注意を惹き易く、しかも取引の簡易迅速を尚ぶ取引社会においては、本件商標のような構成態様の商標に付ては、最も看者の注意を惹き易い構成部分を捕えて取引上称呼しかつ観念することが、その実情に即していることは極めて明瞭で、従つてその構成態様上、本件商標からは、離隔的卒爾の間において「ホシ」(星)印の称呼及び観念を生ずるというのを相当と認める。故に「星」の文字を要部としてなり「ホシ」(星)印の称呼及び観念を生ずる引用登録第五六八二六号商標及び「星」の図形を描いてなり「ホシ」(星)印の称呼及び観念を生ずる引用登録第一三五〇〇一号商標とは、その称呼及び観念を共通にするから、外観上の類否の如何に拘らず、互に称呼及び観念上類似する商標といわざるを得ない。かつ本件商標の指定商品と引用の各登録商標の指定商品においても、両者は互に相抵触する。従つて本件商標は、商標法(大正十年法律第九十九号をいう。以下同じ)第二条第一項第九号の規定により、その登録を許容するに由がない。」とし、なお続けて、「抗告審判請求人(原告)は、本件商標は前述のような構成からなる着色限定の商標であるから、本件商標と引用の各登録商標とは、その外観、称呼、観念の何れの点においても両者は互に類似しない。従つて両者は誤認混同を生ずる虞はないから、本件商標は登録すべきところであると主張するが、本件の如き拒絶査定不服抗告審判事件については、本件出願商標と引用登録商標及び両者の指定商品が同一又は類似であるか否かを審理して、その許否を決定すれば十分である。」としている。
三、しかしながら審決は、次の理由により違法であつて取り消されるべきものである。
(一) 原告の本件出願の商標は一において詳細に述べたような構成でかつ着色限定であるにもかかわらず、審決は採証の法則を誤り、事実を不当に認定し、本件商標及び引用商標について単に「星」の図形及び「星」の文字に拘泥し、外観について何等比較検討するところなく、詳説すれば、原告の商標に白地で大書した「青星」、中文字の赤色で藍色星図形の下方周囲に書いた「青星印」、藍色星の左右に赤色英文字で書いた「BLUE STAR BRAND」の文字、並びに大文字で頭文字を赤色で、他を藍で左より右に大きく書いて彼此誤認混同を区別した本件商標の全体の文字及び図形、構成、態様から生ずる外観及び称呼を十分考慮せず、これら諸点について引用登録商標と比較せず、かつ商標法第一条第一項ないし第三項の規定の認識を誤つたものである。
(二) 審決が引用した登録第五六八二六号及び第一三五〇〇一号両商標は、土地を同じくしつつ互に異なる者が所有しており、かつ商品も同一である。従つて被告の主張からいえば、右両商標は商標法第二条第一項第六号、第九号、第十一号に、どちらかが商標及び商品の出所誤認混同の虞ありとの理由にて拒絶せられるべきものである。
被告代理人は右両登録商標の指定商品が相違する旨主張するが、本件の抗告審判請求後である昭和二十八年四月改訂の特許庁の「類似商品例集改訂版」によれば、右両商標の指定商品は類似することとなつている。従つて特許庁はこの規定に従い、醤油、ソース及び酢の類は類似商品と看做して登録の審決をしなければならなかつたのである。しかるにもかかわらず審決は拒絶査定不服の抗告審判の主旨を忘れ、審査の域を脱し得ない審理をしたから昭和二十八年三月三十一日以前の規定の儘の審決をした矛盾と違法がある。
(三) 本件商標は前述したような構成であり、かつ商標法第一条第三項にいわゆる着色限定の商標であるから、これをいかように注意引き易い構成部分を捕えてもまた離隔的にこれを見ても、審決のいうような単なる「星」印の称呼及び観念を生ずるものでない。すでに前記引用登録両者を引用判定したことが重大なる誤りであること前述のとおりであるが、また世上実際に近く或は童謡に白星、黒星、赤星また「空には、きらきら金の星」という仮定もあるが、「青星」というものは想像されたこともなく、この点についても特別顕著性は考慮に入れねばならない。
このようにして特別顕著性を考慮することなくしてなされた審決は審理不充分である。
(四) 本件出願の商標は、全国の取引者及び需要者間に広く認識された周知著名な商標であるから(甲第四十号証ないし第四百九号証参照)商標法第二条第一項第八号により、当然使用顕著の標章として登録せられるべきものである。
(五) 本件商標の登録出願が、商標法第三条の規定により、原告の有する登録第三九六〇七八号、同第三九六八九九号商標及び昭和二十五年商標登録願第一五二六五号商標の各連合商標として出願され、商標法第三条により登録せられるべきであるにかかわらず右法の適用を誤つたものである。
(六) 審決が先にも述べたように、本件「出願商標と引用登録商標及び両者の指定商品の同一又は類似であるか否かを審理して、その許否を決定すれば十分である」。としているのは商標法第一条及び第三条に該当するかどうかの判断を欠いているもので違法である。
第三被告の答弁
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。
一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。
二、同三の主張はこれを否認する。
(一) 本件出願にかかる商標は、中央に極めて顕著に白抜きに光芒を放つている濃藍色の「星」の図形を描いているから、その構成態様上一見直ちに看者の注意を惹き易く、しかも取引の簡易迅速を尚ぶ取引社会においては、看者は最も注意を惹き易い構成部分を捕えて、「星」印の称呼及び観念を生ずるものと認めるのが相当である。従つて「星」印の称呼及び観念を共通にするから、外観上の類否の如何にかかわらず、相類似するものといわなければならず、これを審決の全文に徴しても、審決が単に「星」の図形と「星」の文字のみに拘泥して「青星」の文字及び「BLUE STAR BRAND」の欧文字並びに着色限定の商標であることを看過したものでないことは明白である。
審決は原告がいうように、採証の法則を誤り、事実を不当に認定したものでもなく、また原告は審決は商標法第一条第一項ないし第三項の規定に違背していると主張するが、これらの規定は(一)当事者適格、(二)商標適格、(三)着色限定に関する規定であつて、審決は本件出願の商標がこれらの規定に違反するがゆえに登録することができないといつたものではないから、その主張自体理由がない。
(二) 引用にかかる二登録商標のうち登録第五六八二六号商標は第四十一類ソース、登録一三五〇〇一号商標は、第四十一類の酢ノ素、醤油、エキス、溜エキスで、両者は非類似の商品として取り扱われているから、両商標はともに登録併存され得るのである。しかるに本件出願の商標は右両者を包含する商品を指定商品としているから、両商標を引用したのである。
(三) 本件商標から「星」印の称呼及び観念が生ずることはすでに述べたとおりで、更に付け加えるところはない。
(四) 原告が周知著名の標章なりとして立証するところは「青星ソース」の文字を黒地に白地を以つて楷書体で縦書して構成された標章であつて、本件とは直接の関係がない。
(五) 本件商標が原告主張の登録第三九六〇七八号商標外二件の連合商標として出願され、かつ商標法第三条の適格を具備しても、本件出願の商標が他人の登録商標と互に類似し、かつその指定商品においても互に抵触している場合には、商標法第二条第一項第九号の規定によりその登録を許容することができないことは当然であつて、審決にはこの点についても何等の違法がない。
(六) 審決が商標法第一条及び第三条に該当するかどうかの点の審理を欠いでいるとの原告の主張の当らざることは、上来述べるところである。
第四証拠<省略>
理由
一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争がない。
二、右当事者間に争のない事実と特許庁の送付にかかる本件書類中の商標登録願とを総合すると、原告等が登録を出願した本件商標は、別紙記載のとおりで、これを詳細に文章で表現すると、やや冗長ではあるが、原告主張の請求原因一に記載されたとおりである。しかしながら右商標見本には、いわゆる附記的の記載が少なくなく(例えば「必ず振つて御使用下さい。」「食品衛生法規格ズルチンサツカリン含有」)、商標として意義を有するものは、中央に青藍色で記載された星の図形、この図形を囲むように左から右に赤色で記載された「BLUE STAR青星印BRAND」の文字、右図形の上に赤色のリボン形輪郭に白抜きで左横書に記載された「青星ソース」の文字、右図形の下に第一字を赤色、第二字以下を青藍色で左横書に記載したBLUE STAR SAUCEの三語である。
一方審決が拒絶の理由に引用した登録第五六八二六号及び第一三五〇〇一号商標は、その成立に争のない乙第三、四号証によれば、それぞれ別紙記載のとおり、前者は、「星ソース」の文字を縦書にして構成され、後者は、塗り潰した「星」の図形で構成されているものであることを認めることができる。
三、よつて本件出願にかかる商標が右引用の登録商標と類似するものであるかどうかについて判断するに、先ず本件の商標は前述のような構成を有するものであるから、これが「青星ソース」と呼ばれ、「青い星」のマークのソースと観念されることは疑ない。しかしながら「青い星」、「青星」といつても、それは「星」の一つの種類であることには間違なく、しかも「赤い丸」が「丸」の一つの種類ではあるが、特に「日の丸」という格別の意義を有するのとは異なり、「青い星」「青星」という格別な意義を有する物も、言葉もあるものと解されず、一面中央に記載された「星」の図形から、たといそれに青藍色の着色が施されていても、その指定商品である「醤油、ソース及びその類」を取り引きする人人は、これを簡単に「星」印のソースと呼び「星」のマークのソースと記憶することも決して稀れとは解されない。
一方前記引用登録商標が、前者は「星ソース」と呼ばれ「星」印のソースと記憶せられ、後者が「星」印と呼ばれ、記憶されることは多くいうをまたないところである。してみれば、本件出願にかかる原告の商標と引用登録商標とは、「星」印の称呼と観念とを共通にし、互に類似するものといわなければならない。
四、原告代理人は、本件商標はその全構成について着色を前記認定のように限定してあるところから、「青星ソース」の称呼及び「青い星」印のソースの観念のみが生じ、単に「星」印の称呼、観念のみが生ずる引用登録商標とは類似しないと主張するが、本件商標から「星」印の称呼、観念も生ずるものと解せられることは前段に述べたとおりであるばかりでなく、よし「青星ソース」の称呼及び「青い星」印のソースの観念のみが生じたとしても「青星」「青い星」が一般の「星」と特に異つた格別の意義を有するものと解されないことは前段に述べたとおりであるから、「青い星」のマークも、「赤い星」のマーク「白い星」のマークと同様、単に多数ある星のうちの一種を示すに過ぎず、本件指定商品の取引者を念頭において考察すれば、これをひとしく「星」のマークの一種として取り扱い、互いに覚え間違い、取り間違えるおそれがないとはいわれず、してみれば商標上は類似するものと解するを相当とする。尤もこの点についてその成立に争のない甲第二号から第三十八号証によれば、特許庁における過去の登録例には、右と相違する見解に立つように見受けられるものもあるが、これが前記判断を左右するものとは解されない。
五、原告代理人は審決が引用した登録第五六八二六号商標は第四十一類「ソース」を指定商品として、同第一三五〇〇一号商標は、第四十一類「酢ノ素、醤油、エキス、溜エキス」を指定商品とするから、審決の見解に従えば、商標法第二条第一項第六号、第九号、第十一号によりどちらかが拒絶されるべきものであるばかりでなく、本件の抗告審判審決当時行われていた特許庁の「類似商品例集改訂版」によれば右商標の指定商品は類似することとなつていたから、この両者を引用して、原告の商標登録願を拒絶したのは失当であると主張するが、当時の法令のもとにおいて(前者は大正元年十二月二十六日登録、後者は大正十年九月十九日登録されたことは、乙第三、四号証により認められる。)一旦有効に登録せられて存在する商標は、その後その登録が無効あるいは取消の審判によつて抹消せられ、または存続期間の満了もしくは営業の廃止によつて商標権が消滅しない以上(これらの事実を認むべき証拠はない。)これを引用して商標法第二条第一項第九号の「他人の登録商標」とするに何等の支障なく、よし本件抗告審判審決当時原告代理人主張のような取扱いが特許庁においてなされたとしても、審決が、右両登録商標を引用して、これらの指定商品と本件商標の指定商品第四十一類「醤油、ソース及びその類」とが互に抵触するものとしたのは相当といわなければならない。
六、原告代理人は審決が本件商標の特別顕著性を考慮することなしになされたものであることを非難するが、もしその趣旨にして、本件商標からは「青星」の称呼及び観念のみが生じ、単なる「星」のそれは生じないとの意味であるならば、その採ることができないのはすでに前段において判断したところであり、また商標法第一条第二項の「特別顕著」の意味とすれば審決は、本件商標がその意味において特別顕著であることを否定したものではなく、更に原告の援用する同法第二条第一項第八号は登録の要件を規定したものではないから、そのいずれからしても前記の非難は当らない。
七、原告代理人は更に本件商標の登録出願が、原告の有する登録第三九六〇七八号、同第三九六八九九号商標及び昭和二十五年商標登録願第一五二六五号商標の各連合商標として出願されたものであるから、商標法第三条により登録せられるべきものであると主張するが、同条により出願せられた商標であつても、それだけの由で当然登録されるものではなく、同法第二条第一項の各号の一に該当するときは登録することができないのは多くいうをまたないところであるから、右の主張も採ることができない。
八、最後に原告代理人は、審決が商標法第一条及び第三条に該当するかどうかの判断を缺いているのは違法であると主張するが、審決は、本件商標の登録出願を許可するかどうかについて、「商標法第二条第一項第九号の規定によりその登録を許容するに由がない。」としたもので、同条項の規定により登録を拒絶するには、あえて同法第一条及び第三条に関する判断をしなければならないものではなく、またこれらの条項による原告代理人の主張の理由のないことは先に判断したとおりであるから、この理由に基く原告の主張も採用するに足りない。
九、以上の理由により、原告の出願にかかる本件商標が商標法第二条第一項第九号により登録することができないとした審決は適法であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。
(裁判官 原増司 山下朝一 吉井参也)
本件出願商標<省略>
引用登録第56826号商標<省略>
引用登録第135001号商標<省略>